――まず、おふたりのご経歴を教えてください。
那須:職人になる前は印刷会社で商業イラストを制作していました。手作業で「紙」を切る仕事があり、それがとても楽しかったのを覚えています。
松尾:私はもともとホテルマンでした。休日にギャラリー巡りをするのが趣味で、「和紙」に興味をもったきっかけも「あかり展」という展示です。
――当時のお仕事や趣味が、今の伝統工芸につながっているのですね。どのような経緯で職人になられたのでしょうか?
那須:仕事をきっかけに紙を切る作業にハマり、「もっと極めたい」と感じていました。その頃「伊勢型紙」に出会ったのです。繊細で美しい柄と、「紙を使って布を染める」という面白さに惹かれました。それから三重県鈴鹿市で彫師としての修行を積み、現在は独立して「型屋2110」という屋号で活動しています。
――ご自身の好きなことを活かせる伝統工芸に出会ったのですね。松尾さんはいかがですか?
松尾:「あかり展」で見た「障子を通してみる太陽の動きを模したあかり」がきっかけです。紙を透して伝わるあかりはとても表情豊かで、一瞬で心を奪われました。また、「障子一枚」で区切られた空間は、完全に分断することなく、外の様子を伺いつつも中の間が保たれ緊張感まで生まれている。その障子の材料であった「和紙」にフォーカスがあたり、和紙について知りたくなり、すぐに和紙の生産地である埼玉県小川町へ作り方を学びに行きました。
――展示を見てすぐに学びに行くとは、すごい行動力です。学んでみていかがでしたか?
松尾:作り方を知ったことで、その奥深さにさらに魅了されました。それから職人として働ける場所を探し、縁あって福井県越前市で和紙制作に携わることになりました。越前では工房内分業で和
紙を制作していたため、紙すき以外のことはわかりませんでした。工程の前後一連の作業を習得するために岐阜県美濃市へ移住しました。「美濃和紙」の紙すき職人として活動し、16年目になります。
――おふたりとも移住をするほど「紙」の魅力に取りつかれたのですね。それぞれの「紙」について詳しく教えてください。
那須:「伊勢型紙」は、伝統的な染色道具として使用されている「型紙」です。主に和服や革製品などの柄を染め上げる際に使われています。手すき和紙3枚を重ねて柿渋(まだ青い渋柿の未熟果を搾汁し発酵熟成したもの。塗料や染料に使われる。)で貼り合わせ、天日干しとくん煙を繰り返した「型地紙」とよばれるものが土台です。それをさらに2~3年寝かせてから小紋柄を彫ると、「伊勢型紙」となるのです。
――小紋柄はどのように施すのでしょうか?
那須:彫刻刀を使って彫ります。彫りの技法には、「縞彫り(しまぼり)」、「突彫り(つきぼり)」、「道具彫り(どうぐぼり)」、「錐彫り(きりぼり)」という4種があり、私は「突彫り」を行っています。「伊勢型紙」の存在はほとんど知られていませんが、それで染められた柄は多くの人が街中で目にしていると思いますよ。
――柄の細かさから、職人の高度な技術がうかがえます。松尾さんの制作する「美濃和紙」についても教えてください。
松尾:現存する最古の和紙として正倉院におさめられ1300年の歴史があるとされています。「日本三大和紙」のひとつでもあり、なかでも「本美濃紙」は国指定重要無形文化財、ユネスコの無形文化遺産として登録されています。
原料には「楮(こうぞ)」などの落葉低木の樹皮である靭皮繊維と良質な水が必要です。それらが豊富な美濃は、和紙の生産地として古くから栄えました。手作業で余分な樹皮等を丁寧に取り除く「チリ取り」を行ったあと、水と原料にネリと呼ばれる黄蜀葵の根から抽出される粘液を混ぜ、「簀桁(すけた)」という道具を使い、縦横と何回も揺すり十分に繊維を絡ませるため、薄くても丈夫で「1000年もつ」といわれるほど丈夫な紙ができあがります。
――1000年もつとは驚きです。「紙」という点では同じですが、おふたりは全く異なる作業をされていますね。お互いの活動について、「すごい」と思うところを教えてください。
那須:松尾さんは、和紙制作の一連の作業をすべてご自分で行っています。原料を煮て、チリを取り除き繊維を叩きほぐし、すいて乾燥させ、仕上げて選別するところまで行うのです。分業制だと思っていたので、とても驚きました。工程の数だけノウハウやコツが必要です。中途半端な技術ではなし得ないことなので本当に尊敬します。
松尾:ありがとうございます。私はずっと同じ場所で作業をするのが苦手なので、那須さんのように繊細な作業を長時間できることがすごいと思います。
那須:紙を切る作業が好きなので……(笑)。
松尾:本当に器用ですよね。「伊勢型紙」は、「型地紙」作りから「彫り」まであり、「彫り」はとてつもなく細かな作業が必要です。器用さに加え、常に高い集中力を維持しなくてはならず……並大抵の人にはできません。さらに那須さんは前職の経験を活かし、型紙のデザインも考案されています。「彫り」だけにとどまらない姿勢が素晴らしく、尊敬の思いでいっぱいです。
――おふたりの特性が伝統工芸に活かされているのですね。それぞれの「紙」の魅力はどんなところでしょうか?
那須:「伊勢型紙」については、着物や革を染められる染色道具を「紙」で作り上げたことが何よりすごいです。丈夫な手すき和紙だからこそ彫ることができる文様もあり、それが美しさにつながっています。昔の人の知恵によって「紙」の力が存分に引き出されていて、まさに素材の力と技術の「結晶」のような伝統工芸です。1枚の型紙で、柄による差はありますが着物なら30反ほどを染めることができます。
松尾:「美濃和紙」は、その「奥深さ」が魅力ですね。毎日違う環境の中で、同じ品質のものを作ることが難しく面白いです。「レジェンド」といわれる何十年も経験のあるベテランでさえ、たまに失敗すると言います。使い手によって求める紙が違うので、常に実験を繰り返しながら、リクエストに合わせて様々な風合いの和紙を製作します。
――「凛九」へはどのように加入されたのでしょうか?
松尾:とある雑誌の取材で、伊勢根付職人で「凛九」リーダーの梶浦明日香さん、豊橋筆職人の中西由季さんと対談しました。その時に「伝統工芸の異業種交流をしたい」と話したことがきっかけです。
那須:「凛九」の誕生は、松尾さん、梶浦さん、中西さんが出会ってくれたおかげですね。私はもともと三重の若手職人グループ「常若」で梶浦さんたちと共に活動していて、「凛九」には梶浦さんからのお誘いで参加しました。
松尾:伝統工芸の衰退に伴い、和紙制作の業界でも原料や道具の作り手が減少していることに危機感をもっていました。対談の中でそのような想いを共有でき、「一緒に活動することで、伝統工芸の未来のために現代に沿った活動ができるのでは」と考えたのです。
那須:私自身は「常若」でグループ活動のメリットを実感していました。梶浦さんから「東海の伝統工芸界で活躍する女性職人グループを結成したい」という趣旨をお聞きした時には、期待に胸が膨らみましたね。互いに協力して面白い取り組みにチャレンジすることで、「伊勢型紙」をさらに広めることにつなげたいと強く思いました。
――「凛九」としてマルシェルに参加してみて、何か変化はありましたか?
松尾:マルシェルでは多様な和紙の魅力を伝えたいと思い、「もみ紙」を使った小物を出品しています。もみ紙とは、乾燥する前の湿紙を一枚ずつ手作業で揉み皺を入れた和紙で、こんにゃく糊を塗り強度をあげると紙衣と呼ばれ古くから服などに使われていました。
今までは今までは問屋さんや紙の加工会社に卸すことが多く、お客様との直接のやり取りはあまりなかったのですが、マルシェルやオンラインで販売をはじめて、気に入ってリピート購入してくださる方や商品のリクエストをくださるお客様ができ、とても励みになっています。
那須:私も今まではエンドユーザーのために制作する機会が少なかったです。マルシェルでは、「伊勢型紙でこんなものを作れるのか」と、知っていただく機会をつくれたら嬉しいな……という気持ちです。伝統工芸は、最終製品を見ただけだと特徴や価値が伝わりにくいものが多いです。なかなか見られない制作の裏側をブログで伝えられるのも、大きなメリットだと感じています。
――今後の抱負について教えてください。
松尾:和紙は比較的身近な伝統工芸ですが、その作り方を知らない人は意外に多いです。手すき和紙の製造工程や機械すきとの違いを伝えながら、その価値を高めていきたいですね。具体的には、リクエストをいただくことが多いアイテムの制作を通し、多くの人に和紙の持つ自由で創造性豊かな魅力を届けていければと思います。女性の働き方のひとつとして、伝統工芸職人を推奨していきたいという気持ちもあります。
那須:私は「伊勢型紙」の業界自体を元気にしていかなければと思っています。そのために、「凛九」やマルシェルの活動を通して、エンドユーザーとの接点を増やしていきたいです。作り手の想いや工房の空気感を伝え、製品をさらに楽しむ視点をもっていただけたらうれしいです。個人的には視力が衰える前に、もっと技術を磨きたいです。かつて私は師匠たちの作品を見て、「伊勢型紙ってすごい!」と感動しこの世界に入りました。その気持ちを忘れず、その域に達することができるよう努力し続けたいと思っています。
伊勢型紙がお家で体験できるキット。これからの時期、年賀状つくりにも使える。
伊勢型紙職人・那須恵子さんの作品一覧はこちら
「美濃和紙」の紙すき職人、松尾友紀さんの作品一覧はこちら
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