楽しさによって乗り越えられる面倒さ
電線のことで初めて人から直接お金をもらったのは、2017年の冬コミで同人誌『電線礼讃』を出した時だった。あれからもう3年半経つのか、と思い、同時にまだ3年半しか経っていないのにびっくりする。電線ばかり見ていると、時の流れが早い。
どうして「好きを仕事に」したのだろうと考えてみて、いやむしろこれは、嫌いなものから逃げた結果、面倒だけどいやではなく、どちらかというと好きな分野のことを仕事にするようになったのではないかと思った。今のところは、幸運にもグイッとのんでしまえる程度の面倒さしか持っていないからどうにかなっているということでもある。
同人誌で言えば、自分でどんな本にするか考え、ページの構成を紙に書いてみたり、文章を書いたり、電線の写真を撮って分類したりするのはそこそこ面倒で時間のかかる作業だ。でもそれは、楽しさによって乗り越えられる面倒さで、好きだからいやではない。
スタジオの暗がりで存在感を放つケーブルや電線
30年にも満たない短い人生を思い返せば、私は好きなものに向かって走ったのと同じくらい、嫌いなものから逃げている。
皆勤賞をもらったことのなかった小学生の頃、毎月買っていた漫画雑誌の誌上オーディションをきっかけに芸能事務所に入って、なにかと面倒で薄暗く窮屈な学校生活から堂々と逃げられる、「お仕事」という言い訳を得た。
学校を早退してスタジオへ行けば、学校生活とは全く違う1日が始まる。
和やかだけど、アシスタントの人にはピリッと厳しいスタイリストさんやヘアメイクさん。次号のページのラフを説明してくれる編集者さん、いつもぴったりしたジーンズを履きこなしていたカメラマンさん。私は子どものままで大人の仕事に参加して、その日会った大人のことを家で話すのが好きだった。
それに、撮影へ行くと次号のふろくを誌面より早く知ることが出来た。
化粧を施してもらい、素敵な服に着替えてカメラの前に立つのもうきうきしたし、写真の中で明るく元気でいる自分も普段と違ってなんかいい感じだと思っていた。
そして何より、スタジオの隅には必ずケーブルがあった。
照明に使うケーブルは見るからに重さがあり、むっちりとした黒い被覆はスタジオの床の暗がりや、背景のために吊るされる大きなロール紙の裏で、静かにのたうっていた。真上を見れば、天井にも照明や機材を吊り下げるために組まれたキャットウォークと、そこにくねくねと巻きついたケーブルや電線がいた。
明るみに出る仕事をすると、ちょっとした合間に彼らを眺めることができる。現場で出会うケーブル・電線たちはいつも静かだった。私に何かを語りかけてくることはなかったけれど、暗がりで存在感を放つ彼らと出会う度、どこか厳かな気分を感じてどきどきしていた。
電線が、相反する自分らしさを繋いでくれた
入った業界はなかなかほんとに競争率が高く、好きだけを仕事にするのはかなり難しいのには、事務所に入って数年も経たずに気付いた。
学校の同級生たちが部活や勉強に打ち込んでいた頃、私はオーディションを受け、受けた側から落ちまくっていた。私が仕事のことを好きでも、人から発注を貰わなくては仕事に触れることができない。
二十代前半の頃、情報番組のレポーターをしていた私は、またしても、明るいスタジオの中で明るく元気に振舞う仕事を発注された。私は明るく元気であると同時に、静かでぼそぼそ、モチャモチャと過ごすのも大好きだった。きれいな化粧をして明るく振る舞う度に、モチャモチャとした私が「すっぴんでぼそぼそ喋りたい……」と呟いていた。二十代半ばまでの数年間で、私はこのまま明るく元気に振る舞い続けるのにも限界があると感じた。
相反する自分らしさを繋いでくれたのは、スタジオのケーブルだった。
生放送の番組ではCMが入ると一旦休憩のような感じになる。ちゃんとした休憩と言う訳ではないけれど、カメラに映らないところにいる人は原稿を確認したり、水を飲んだり、化粧直しをしたり、おしゃべりをしたりしている。私はこの間にセットの裏に回って、ケーブルを撫でるのが好きだった。ケーブルをそっと撫でた後は、モチャモチャした私も少し気が済んだような顔をしていたので、また明るく元気に振る舞った。
それから電線の同人誌を作り、会社にDVDを出させてもらい、テレビやラジオで「電線愛好家」を名乗るようになって、私のぼそぼそモチャモチャした部分も比較的そのままで仕事に持っていけるようになった。
私は学校の教室から明るいスタジオに逃げ、そしてその明るみからもゆっくりと逃げ、逃げ回っているうちに足は好き勝手に動くようになって、どんどん好きなところへ向かって走れるようになってきたのかもしれない。
私は電線を辿りながらなら、どこへ向いていても、迷子になっていても、進んでいる方向に間違いはないような気がする。
■Profile:
石山蓮華
日本電線工業会「電線の日」コンテンツ監修、DVD『電線礼讃』プロデュース・出演。
映画『思い出のマーニー』、短編映画『私たちの8年間は何だったんだろうね』、舞台『五反田怪団』、『それでも笑えれば』、NTV「ZIP!」「有吉反省会」TBSラジオ「アフター6ジャンクション」などに出演。
「RollingStone Japan」「月刊電設資材」「電気新聞」「She is」などに連載・寄稿。
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